いたって普通の花婿さん

おおっ!意外にもすごくまともな花婿姿だ!(笑) ミラノでの入籍とはえらい違い。
隣にいるのはお母さん。サンドロ、結婚おめでとう!
Tags: オフな話|ネスタ
ミラノ場外デルビー
どう見ても、族の集会。
パパラパラパラパラパパパ〜とか、ゴッドファーザーテーマの
クラクションが鳴りひびいてるよ。
ミラノ市街をバスに乗って凱旋したミランメン。そこでのプラカードがインテルとスクデットを侮辱した!すわ!場外ミラノダービー乱闘だ!とヒマなマスコミが騒いだのですが、一応優勝記念エピソードとして、記録しとく(笑)。仕事からつい逃避してしまい、むだに長いです。
まず、話は18年前にさかのぼり、1988/89シーズン。インテルは18チームによるセリエAカンピオナートの新記録となる勝ち点58(当時は勝利2ポイント制)という、今季と同じような圧倒的な強さを見せてスクデットを獲得。でもベルルスコーニ会長とサッキ監督のミランがチャンピオンズカップ優勝しちゃったせいで、話題はそっちにさらわれてしまったそうな。今季もインテルがCL敗退、ミランが生き残った時点で、その再現になるのでは!とマスコミは煽ってたのですが、インテルさんたちの悪寒はみごと的中してしまったのでした。
そもそも今シーズン開始前、例のカルチョポリでインテルに『机上のスクデット』が与えられた時から、「これは『正直者のスクデット』だー!」と、処分で凹んでるミランおよびユーベをさらにカリカリさせるインテル関係者(マンチョとかモラちゃんとか)の発言が繰り返されたのが、大きな伏線でありました。
そしてミランがバイエルン倒して準決勝進出した際に、たぶんイジワルな記者に感想を聞かれて、キーってなっちゃったマンチョが、もんのすごい負け惜しみ発言を。彼はマスコミにとってはオイシイ、ネタ発言キャラ。
マンチーニ:我々は苦労して手に入れた
ロベルト・マンチーニはインテルのスクデット獲得成功は、ライバルであるミランのチャンピオンズリーグ勝ち抜けよりも『ずっと難しいこと』と主張する。
「ヨーロッパカップ戦はインターコンチネンタルカップを戦う機会を得られる、特別で魅力的な大会だ。しかし長く続くセリエAで残り続けるのは、もっと難しい仕事だよ」と監督は請け合う。
ネラッズーリは18ポイントの差をつけてリーグのトップにいるが、ヴァレンシア戦での敗退で、彼らのシーズンの本当の妥当性に疑いが上がった。
「誰でも自分の見方を主張することはできる」と、彼はプレスに対して語った。「ユベントスがセリエAにいないからインテルが勝つと言うようなものだ。チャンピオンズ・リーグでたった2試合しくじって、敗退したとしても、しかし本当に最強のチームとは長い戦いの最後にこそわかる」。
ライバルであるミランは3年続けて準決勝進出を果たし、イタリア勢で唯一残ったチームとなった。しかしマンチーニは自分の国のチームにエールを送らない。
「私がチャンピオンズ・リーグでのミランを喝采しているかって? それは過大評価のようだね。ミランには準決勝進出する価値があった。しかし私はすばらしいチームがプレイする様子を見るために、この大会を見るんだ。特にどのチームを応援するということはない」。
(Channel4 07/04/14)
これに対して、これまた一家言あるガッツがもの申す。彼もマスコミにネタ投下して、ベル様の商売に協力しております。
ガットゥーゾ:ヨーロッパはスクデットより厳しい
ミランミッドフィルダー、ジェンナーロ・ガットゥーゾはロベルト・マンチーニの最新スクデットについての主張に同意しない。「チャンピオンズリーグはスクデット3回から4回の価値がある」。
インテル監督は土曜日に、セリエAでの優勝はヨーロッパの大会でのものと比べて、難しい仕事であると信じていると発言していた。
「思うに、俺とマンチーニはこの問題に関して違う意見を持ってるようだな」とガットゥーゾは月曜日に話す。「みんな、チャンピオンズリーグはスクデット3回から4回の価値があるって言ってるって、俺はいっつも聞いてるけどな」とワールドカップのヒーローは説明する。
「誤解して欲しくないんだが、インテルは今季のスクデットにふさわしかった。でもチャンピオンズリーグよりも、カンピオナートで勝つ方が難しいなんてのは言い過ぎだ」。
ガットゥーゾは2004年のユベントス×ミラン戦についての質問を避けることはできない。この試合はカルチョポリ調査をナポリ検察が終結させた後に、疑いがあると判明した最新リストに含まれているものである。
「あの出来事はもう過去のことだよ。もしクラブがタイトルを俺たちミランに返せと主張するなら、それは俺たちの弁護士が判断するだろ。でも俺たちはあの試合については、もう2年前に話してた。今はもう違うカンピオナートを戦ってるんだし」。
「もちろん、試合前に審判に電話をかけてたなんて記事を読んだ時は怒り狂ったさ。でも俺になにができる? 過去12年間、俺はおんなじ電話番号持っていた。それが俺が知ってる唯一のことさ…」と、ガットゥーゾは締めくくる。
(Channel4 07/04/16)
最後のとこの04年ユーベ×ミランとは、バイエルン戦勝利の翌日に新聞報道があった、モッジと審判たち、それにメッシーナ元ディレクターが関与していた『カルチョポリ第2章』の中に含まれる疑惑の試合のこと。04/05シーズン12月、僅差で優勝争いしていた両チームの直接対決はドロー。いくつかのミラン不利になる誤審があり、当時は『またユーベか…』と苦笑いが浮かぶような試合でありました。それが、試合前に審判ベルティーニに、モッジから提供されたスイス製SIMカードを使った秘密の電話があったと判明。ミラン側は公式には「詳細を待ってからコメントいたします」と無難なコメント。でもガリはオフレコで「スクデット返してもらうわよっ!」といきり立っておりました。これ、最終判決が出るのは6月20日の予定なので、まだゴタゴタがありそう。
さてさて、このマンチョ対ガッツの言い合いで、『スクデットか、ビッグイヤーか!』という論争に火がつき、Gazzettaでは大々的な討論会が特集記事になったり、読者アンケートでやっぱりビッグイヤーの方が価値があるという結果になったりの大騒ぎに。この結果を受けて、5月6日のGazzettaでは、
マンチーニ:「ピッチでは我々の方が強い」
ネラッズーロ監督は我々の調査について語る:「ミランはメディアに力を持っているから、いつでも自らが望む記事を引き出せる。ミランはカップ戦を勝ち抜けるのが得意だ。しかしカンピオナートでは我々が2度も打ち負かした。我々の方がまさっている。それにミランは決定的な試合をしくじらないと言うが、インテルだって同じことが言える。チャンピオンズで戦うチームは全て、必ず一度は試合をしくじることになるんだから。決勝に進んだ2チーム以外は」。
(Gazzetta dello Sport 07/05/06 第5面)
と、これまた、ものすごいヘリクツ言ってました。さらにGazzettaをミランの言うなりメディア呼ばわりして、敵に回してるし(笑)。ミランが一度も決定的な試合をしくじることなく優勝してしまった今となっては、最後のところは墓穴を掘ってるよ、マンチョ。
と、こんな前ふりがあっての、今回のプラカード事件。その記事を。


なにげに両方の問題の元の近くにいるサンドロ・ネスタ。知〜らないって、見ないふりか?!
勝利の後
ミラン、続くパーティー
選手たちはミラノのために行進。後でひっこめられた不適切な横断幕と共に。アンブロジーニがそれを持っていた。ミラノ発 屋根なしのバスに群がる群衆。サングラスをつけ、ロッソネロのスカーフを巻いたマッシモ・アンブロジーニはひとつのstriscione(旗)を持っている。原文は:『Lo scudetto mettilo nel culo(スクデットはケツに突っ込む=スクデットなんかクソくらえ)』。その近くにはバッテンで消されたスクデット。(中略)
ビール片手のガットゥーゾ 同じく黒サングラスで、手にはBeck’sのビン、青黒の紙を持ったジェンナーロ・ガットゥーゾ。そこにはこう書かれていた:『Io non la vinco da 42 anni(42年間勝ってない)』。そして『chi non salta nerazzurro e’(飛ばないヤツは青黒だ)』の合唱は続き、まるで勝利の一日中、呪文のように繰り返された。実際、ドゥオーモ広場でチーム全員がバルコニーに姿を見せた時、Brigate rossonere(クルヴァ集団のひとつ)のウルトラからは、さらに目立った看板が示される:『チャンピオンズカップを獲った/スクデットのパーティーは台無し』。
アドリアーノ・ガッリアーニのコメント:「我々はスクデットの影を薄くするつもりではなかった。ただヨーロッパの頂点に戻りたかっただけですよ。それが同じ年にやってきた。単なる符合です」。ミラニスタの人々が心の底から楽しむ符合、それはチャンピオンズリーグでの勝利に妙味を加える美味しいソースのようである。寓意的な、乗り物に乗った登場人物たち、アンチェロッティと選手たちは謝肉祭の熱狂のようにミラノをひっくり返す勢いで通りすぎていった。ロンドンスタイルの屋根なしバス。チームのみんなが顔を出す。そして興奮したファンたちの長い行列。2、いやおそらく3万人。彼らは走り、バスの回りを飛び跳ね回り、歩いたりバイクでついて行き、マフラーを振り、キスを受けた。マルディーニはカメラのシャッターを切る。アンチェロッティは合唱に声を合わせる。四方八方からの喝采。窓からの旗。ミランの本部、トゥラティ通りでは賞賛の声が騒がしかった。(後略)
(Corrire della Sera 07/05/25)
両方ともファンからもらったもので、ミラン側が作ったものじゃない、インテルからの抗議ですぐやめさせた、アンブロもあやまったし、もういいでしょ?な勝てば官軍的余裕のミラン側。モラちゃんは「選手たちは覚えているだろうね…」と、来季のデルビーに向けて静かに煽っております。いいですね。スクデットを侮辱した方のは問題になったけど、事実を書いただけの方はインテルさんも抗議できなかったんだろうなあ。なんていうか、みんなガキだ(笑)。だいたいウンコとか、ケツとか大好きで言いたがるのは、クレヨンしんちゃん並なオツムなんだから。そんなクソガキたちの、あくまでも楽しい(場外発言含む)ダービーを、来季もぜひ。
なぜかビッグイヤーにカメラを向けるマル。
Tags: 06-07CL|インテル|ガットゥーゾ|マンチーニ
超ミラニスタ
確か弁護士出身で、腹芸はお得意中のお得意なので、そのコメントにはいちいち裏があるのでは…とつい勘ぐってしまうガリですが、試合中のリアクション大王っぷりにはいつも楽しませていただいております。ミラン勝つと本当にうれしそう。胸元にはいつも、勝利を呼ぶ幸運の黄色いハンカチならぬ、ネクタイ。そんな超ミラニスタっぷりを表すエピソード。
それはガッリアーニのバルコニー
多くのミラニスタの場合のように、バルコニーには旗と横断幕。しかしこれはちょっと他とは違う。これはミラノのチェントロにあるアドリアーノ・ガッリアーニのアパートメントの窓だからだ。Piu’ tifoso di cosi’…
(Gazzetta dello Sport 07/05/30 第9面)
←サンシーロでの祝勝会でのガリ。ただの1ミラニスタな後ろ姿。
若い奥さんもらったけれど、家にいてもミランの過去の勝ち試合を徹夜で見るのが大好きらしい。そんな副会長もまた楽し。もう、悪代官みたいな『そうか、そうか、あの審判をブルっとさせたか、よいぞ、よいぞ』なんて電話、手下と話さないようにっ!
Tags: ガッリアーニ|ミラン流
手術成功!


↑優勝するといろいろ発売するグッズ、その1。
右がメダルの拡大図なんだけど、え〜ロイ・キーンさんですか?なガッツと、
カーボナイト凍結されたハン・ソロのように、固まったカピタノ様とピッポ(?)。正直、コワオカシイ。
多忙につき、とりあえず短いニュースを。
アントワープで手術
ジラは7月には間に合い、マルディーニは8月末に戻るミラノ発 昨日アントワープでマルテンス医師によってジラルディーノとマルディーニの手術がおこなわれた。そしてミラン公式発表はこうである:「ロッソネロカピターノの左膝の手術は、femoro-rotulea(膝蓋骨)回りの軟骨の炎症によるもの、ジラルディーノは右膝の半月板外側から嚢腫を取りのぞくためである」。2つの手術は成功し、回復期間が確認された:ジラルディーノは7月23日に予定されている集合には間に合うだろう。マルディーニは8月末にグループと合流しなければならない。ベルギー行きはマッシミリアーノ・サーラ医師に付き添われた2人の選手は、金曜日までアントワープに滞在する:手術後の経過を慎重に見守り、膝が腫れたりしないことを確かめる必要があるからだ。それから彼らはイタリアへ戻り、バカンス中も続ける回復プログラムを始めるだろう。
(Gazzetta dello Sport 07/05/30 第3面)
ということで、あとはふたりの回復を祈るのみ。来シーズンは8月26日スタート(何もなければ…)なので、スタートはマルなしでがんばっていただくことに。
Tags: ジラルディーノ|マルディーニ
壊れるロッソネロ IN アテネ
←せっかくのD&Gが無理なTシャツIN着こなしで、だいなしに(笑)! さすがのビリーもこれはキビシイ…。D&G姐さんたちも「なによっ!芋クサッ!私たちがデザインしたせっかくのエロスーツの美を!」って怒ってるかも。Tシャツ単体でカジュアルに着たなら十分『アリ』だと思うので、日本で買えるところのリンク(27日まで)をどうぞ。
さらにアテネでのパーティーの様子。
ギリシャでの長時間パーティは、今夜サン・シーロで終わる
アテネ発 16世紀、おそらくもう100年は経っているかもしれない。熱狂するロッソネロのギリシャの根城の夜のために模様替えされたホテルでの、パーティーが開かれる豪華な仕上げのラウンジに招待された。(中略)妻や子供たち、両親と共に、2007アテネのヒーロー全員はテーブルを囲んだ。ロナウドとカフーは入り口から、最初にその場を去った。パオロ・マルディーニの一家は一番最初に消灯した。「子供たちはすごく疲れたんだ、それで眠らせるために連れてった」とカピターノは知らせる。そして彼らはDivani Apollo Palaceの内部にある騒々しい場所に残った。壊れたピッポ・インザーギと共に。
ジダはブラジル人の旗頭としてみんなをまとめ、アンブロジーニは彼の出身地ペサーロの教区の旗の前に引き出され、カカはそばに若い妻を置き、その瞳は計り知れない幸福を映し出していた。ベルルスコーニ家のシェフMichele Persichiniによって用意されたケーキにナイフが入れるため、ステージではちょっとしたイベントが行われる。シルビオ・ベルルスコーニとカルロ・アンチェロッティはカメラマンと映像撮影者たちのために並び、一番高くなるように椅子に登ったピッポ・インザーギが彼らの肩に手を回し、三人の手をナイフに乗せ、互いにつなぎ合った。
アドリアーノ・ガッリアーニには悪夢のたぐい、不安に苛まされ続けたしつこいひとつの思い出がある。「Wカップのイタリア×ドイツ準決勝の夜、私はローマにいて、ミランがセリエB降格、さらに3ポイントのマイナスという検事の論告を受け続けていた。あの夜、私は終わった人間だと感じたよ。そんな悪夢から抜け出し、アテネへと到達するなど考えることは頭を逆さまにしないと出てこなかったろうが、結果はこんな風になった:ミランがカンピオナートで4連敗した時、私は心配しなかった。平静さだ、チームから古い因習を一掃するよう繰り返した。あの落ち着きが決定的だった」とガッリアーニはもらす。
「しかし分岐点は1月だった、カルレット、監督は戦術を変えた」とガッリアーニは、心の監督でもある彼について思い出す。その報告とは2トップにカカを加えた良く知られたフォーメーションから、1トップにカカというものに移行することだった。これはアンブロジーニの復帰で中盤の攻防の前に堅いシステムができたからでもある。「それで私とガットゥーゾは水曜日夜のピッチで、頭をつかみあっていたんだよ」とガッリアーニは明かす。(後略)
(Giornale.it 07/05/25)
パオロさんは子供寝かしつけてから、年甲斐もなくまた戻って騒いだんでしょうか。ピッポが壊れてるのはデフォ(笑)。
ガリのいうように、あの時期は確かに悪夢だった。そのせいでW杯も楽しめなかった。カルチョポリ、もしくはモッジオポリについてはWEB上で得られる会話、判決文の類いをミラン中心に訳しては読んだものです。気の重い作業だった…。詳しくは書いていられないけれど、ものすごい乱暴な結論としては「クラブトップのガリの関与がはっきり特定できない分、ミランは限りなく黒に近いグレイ」で、審判に脅しめいた電話をかけた当事者である小物のメアーニをトカゲのしっぽ切りしたガリ(&ベル)の巧妙さが、またユーベをイライラさせるんだろうなあ…って感じでした。ミランの裁判の対象になった試合は1つで、ユーベ側とはかなりの差がある分、あの裁定になったようでした。もうあんなこと、二度とゴメンです。
Tags: 06-07CL