ガーナからアンブロさん後継者
ミラン若返り作戦、その1はアディヤー君でしたが、その2は同じガーナ人の16才MFエドムンド・ホッター君。
2日にはトリエスティーナのファンティネル会長とガッリアーニとの会談にて、ホッターの共同保有権を80万ユーロで獲得。契約が有効になる1月以降、トリエスティーナに留まるのか、ミランユースに入るのかはまだ未定。
ホッターの代理人Leonardo Giustiによると、
「彼は1年半前にイタリアへやって来て、35日間リボルノへテストに行った。しかし合格せず、それから1週間モデナへ行った。しかしその後、どこかで経験を積ませてくれるところがないか友人のDe Falco(トリエスティーナのGM)に頼んだ。ホッターの才能を認めた彼のおかげで、トリエステに留まることになった。
ファンティネル会長とガッリアーニとの間の合意はあるが、1月までは契約にサインはできない。彼がユースからトップチームへ飛び級する準備はできていると思うが、あと一年はトリエスティーナで経験を積む必要があると思う。彼にはミランの他にユベントス、インテル、ナポリ、それから外国のチームからもオファーがあった。
彼は良い選手だし、ガーナ生まれだが、我々イタリア人に近い。とてもまじめで、学校へ行き、最高の成績をおさめている。3ヶ月でイタリア語を完璧に話し始めた。彼には父親がいない。彼のことを常に応援してくれた3人の兄弟と母親がいる:彼は母親の犠牲を見て来て、犠牲的精神とはどういうものかを知っているのだ」
(Milan News.it 09/11/04)
アディヤーの代理人はくせ者ですが、ホッターの代理人はホッターのインタビューからも伺い知れるように、親身になってる感じがします。
トリエスティーナのユース部門責任者Franco Schiraldiは「ホッターのような価値ある我々の若者がビッグクラブへ行くのはうれしいことだ。それは我々が会長から望まれて進めているプロジェクトが最初の実りを迎えたことを意味するからだ。もし彼がトリエスティーナに残ればうれしい。しかしもしミランへ行かなくてはならないのなら、私は同じようにうれしく思うよ…」と、育ての親としての複雑な心情を語っています。
以下、Milan News.itのホッター紹介ですが、1993年5月6日にAccraで生まれ、トリエスティーナで16才でプレイを始め、10月17日のガッリポリ戦でトップチームデビュー。ポジションは恐れを知らない『un centrocampista incontrista』(incontrore=ぶつかる 別名『壊し屋』の守備的MF)。良い足を持ち、左足より右足を好む。ヘディングが得意で、試合を良く読む。プレイの最初の組み立てをするのが好きで、このためディフェンスの前でプレイするのが好き。例えるなら、マッシモ・アンブロジーニ。
彼のとてもマジメにがんばる人柄は、以下のインタビューでもよくわかる。なんか、すごく応援したくなる感じ。
ホッター:「ミラン? 夢が実現した」
ほんの数日前まで、彼は完全に未知の、その他大勢と同様の若者のひとりだった。しかし今、エドムンド・ホッターは天地がひっくり返ったようだ。トリエスティーナでの本デビューをした後、皆が彼がすばらしいことを知り、ミランが共同保有権を獲得した。
—あなたはトリエスティーナで始めて、すぐにミランがやってきました。どう感じていますか?
「満足せざるを得ないよ、ポジティブなすごいニュースだ。こんな重要なチームでプレイすることは、全ての選手にとっての夢だ。でも今はトリエスティーナに集中している。僕は代理人と話すだろうし、全てを検討すると思う」
—この人生のチャンスに、誰に感謝しますか?
「とにかくGMのDe Falcoさんに。彼はトリエスティーナへ僕を導いてくれた。それから僕の代理人のジュスティさん。ずっと僕をフォローしてくれた。でも特に僕をトップチームデビューさせてくれて、プレイさせるという信頼を置いてくれた監督に感謝したい。それから、いつも僕をサポートしてくれたチームメイトたちも」
—あなたのデビューはどんな風に?
「僕はGorgoneと一緒にベンチにいた。5分後、Princivalliがケガをして、ソンマ監督は僕をピッチへ入れた。最初の10分間はすごく興奮したよ」
—ソンマがあなたをピッチへ入れた時、どう感じましたか?
「とにかく、この機会を与えてくれた神に感謝した。それからすぐに僕の愛する人たち全員のことを思った」
—それから、あなたはもう動かなかった(先発からはずれなかった)。
「そう、満足だ。監督の信頼に応えるべく、彼の要求することをしたんだ。このように続けて行きたい」
—そこから、あなたにミラン、インテル、ユーベといったビッグクラブが注目し始めました。
「喜ばざるを得ないよ。夢が実現したんだ。でも繰り返すけど、これは監督のおかげだ。謙虚な気持ちを持って、彼の起用に応えている。でも僕は若くもあるし、彼のアドバイスを常に忘れないように要求される事を続けなくちゃならないんだ。まだトリエスティーナの役に立てることを願っている」
—どのようにしてイタリアへ来たのですか?
「僕の代理人のおかげだ。彼はリボルノで経験を積ませようと連れて来た。20日間テストされたんだけど、僕の価値がわからなかった。それからモデナに1週間行った。でも、たぶん僕が信じられなかったんだろう、そこを出た。最後に、デ・ファルコのおかげでトリエステへ行った。ここではこの機会を与えられ、この人生の機会を感謝することは決して終わらない」
—あなたの人生についての話を、少しお願いします。
「僕はガーナで生まれて、3人の兄弟がいる。そして10才の時に父を亡くした。それから家族は困難に陥った。僕は学校へ行っていたし、母は働いていなかった。これが始まりだった。イタリアへ行くチャンスが来た時、これは僕と家族にとってビッグチャンスだと理解した。僕はガーナに残っている家族を助けるために、ここでプレイしている」
—ピッチでの仕事の他に、あなたは学校でも最高点を取っているようですね。
「そう、でも時には朝のトレーニングがあるから、学校へ行けないんだ。でもできるだけ早く挽回したいと思ってる」
—ガーナを去った時はどんな経験を?
「最初の数ヶ月は難しかった。イタリア語を習ったけど、すごく難しかった。でも今はすごくうまく行っていて、とてもいい感じだよ」
—あなたがイタリアへ行くと言った時、あなたのお母さんや兄弟との関係を考えると、どう考えましたか?
「みんなはこれが僕の夢だとわかってくれて、すごく喜んだ」
—でも、あなたはイタリアで第二の家族を見つけましたね?
「そう、僕がこのクオリティの飛躍ができたのも、彼らのおかげだ。もしこの家族がいなかったら、僕はイタリアでプレイし続ける可能性がなかっただろう。でもとにかく、彼らはファンタスティックな家族なんだ、すばらしい、僕を息子のように歓迎してくれて信じられないくらいだ」
—ピッチの中と外でのあなた自身をどのように描写しますか?
「ピッチではすごく熱心にやる。一方、ピッチの外ではおだやかなタイプなんだ。家にいるのが好きだったり、友だちと一緒に街の中心をぶらぶらしたり」
—それでは家でプレイステーションもする?
「うん。Godeasと一緒に合宿所でもするよ」
—そういう他の趣味から見ても、あなたはとても落ちついている?
「そう、シャイでもある」
—デサイーはあなたのアイドル?
「彼はアフリカン全員にとってのアイドルだ。かれは偉大なことを成し遂げた一人だよ」
—誰にインスパイアされていますか?
「(ユベントスの)シッソコだ。彼はとても優秀な選手で、テクニックもすばらしい。中盤で重要な役割を果たし、決して引き下がらず、常にチームのために一生懸命だ」
—あなたをアンブロジーニに例える人がいます。彼の中に自分の姿を見ますか?
「アンブロジーニは偉大なクオリティと経験を持った、とても重要な選手だ。彼の中に自分を見るよ」
—自分を彼の後継者と見ますか?
「そう願っている」
—あなたの年上のチームメイトたちは、ミランに関する話を聞いた時、なんと言いましたか?
「すごく喜んでくれたよ。でももし僕がこのチャンスを得るなら、とにかくみんなに感謝しなくちゃならない。彼らの経験が僕のやる気を起こさせたんだから」
—ガーナはU20W杯で優勝できると思っていましたか?
「思ってなかった。でも僕の友だちでもあるキャプテンがいて、彼とはよく話していた。みんなとすごく練習して、それですごい事をやってのけたんだ」
—Baduのイタリア行きの可能性についても話しましょう。あなたがアドバイスを?
「ヨーロッパでプレイすることは全ての選手の夢だ。彼がイタリアへ来れると信じてる。
—今の時点で、あなたの将来はどこ? ミラン?
「そうなることを願ってる」
—トリエステには何を残しますか?
「トリエステにはたくさんの事を残す:監督、チームメイトたち、それに他にもたくさん」
(Milan News.it 09/11/06)
うーん、すばらしくしっかりしてるな、16才! なにより、もうイタリア語ができて、イタリアの生活に慣れてるってのが強みですよね。きっと異国の生活に苦労するだろうアディヤーにとっては、心強い同郷の人だ。
デサイーとくれば、ウェア。ホッターとアディヤー2人で、久々のミランのアフリカンパワー再現なるかっ!とワクワクです。
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