質と量とグループと
インテルと6ポイント差がついた事と、ミランのパレルモでの出来があまりにも悪かったので、Gazzettaも問題点を洗い直す記事を掲載。なるほど、新聞記者はこういう見方をしているのだなと思ったので、訳してみました。試合直後のガリのコメント「もっと走らなくてはイカン」というの同じ主旨。
ミラン、取り返すためには運動量が必要
クオリティだけでは十分ではない。ロッソネリはディフェンス面において全員の貢献で堅さを見いださなくてはならない。1)ミランに何が起こっているのか?
最近3試合(トリノ、ポーツマス、パレルモ)で、たちまち7ゴールを奪われ、あまりにもチャンスを与え過ぎている。アンチェロッティはより注意するように要求している:トリノ戦ではボックス内(一対一のヘディングとPK)で失点、ポーツマス戦では(右と左)サイドのクロスから生まれた。相手選手へのマーキングを増やすことによって、これらのリスクは避けられるが、それにはディフェンス面で全員のさらなる参加が必要だ。ひどいシーズン開幕の後、ミランが順位を回復したのは守備の堅さをベースにしたからであり、スーペルな攻撃よりもむしろ、堅い後衛を持った時こそスクデットはより簡単に取れるものだ。
2)ゴールされ過ぎることの他にも、問題があるのでは?
確かにアスレチック的コンディションは良くはない。相手の方がよく走っている。さらに何人かの選手たち(ピルロ、アンブロジーニ)は長いケガ期間から戻ったばかりで、トップコンディションにはまだ遠い。ミランはスローで、その攻撃の組み立ては予想がついてしまう:ボールのないところでのランニングがない。中盤での動きが少ない。そしてガットゥーゾも(パレルモ戦で起きたように)不在だと、チームは呼吸停止してしまう。
3)なぜミランはアウェイ戦で勝てないのか?
最後にアウェイで勝ったのは10月26日のベルガモ、アタランタ戦:ひどい出来だったが、最後にカカのマジックが。それからレッチェとトリノには引き分け、パレルモ戦では敗北。ロッソネロがサン・シーロを離れると非常に苦労する原因は簡単なことだ:対戦相手がフィジカル的に堅く、非常にモチベーションが高いからだ。問題はチームにカンピオーネがたくさんいるにもかかわらず、ミランが以前のように試合を支配することができないことだ:例えばレッチェとトリノではリードした時に追加点を取って試合を決められず、最終的には同点にされてしまった。
4)ロナウジーニョの存在はピルロにとってペナルティ?
まったくもって、違う。ピルロはディフェンスの前でクラシックなレジスタの役割をして、創造性を発揮するゆったりとした自由を得ている。ロナウジーニョはもっと前のポジションで、ピルロの足を踏みつぶしたり、彼を制限したりすることはない。いずれにせよ、守備に戻るのを好まない3選手(ロナウジーニョ、カカに1トップ)を並べる時は、チームをコンパクトにするために、中盤の選手のもっと大きな犠牲が必要だ。
5)ミランはまだスクデットと獲得できる?
できる。なぜならカンピオナートはまだ長いから、スタートからこれだけ大きな挽回をしたのと同様に、今度も同じことができる。しかしアンチェロッティはグループを再び強固にし、ミスを正し、もちろんインテルがこのまま飛び続けないことを祈らなければならない。ミランがピッチに質の他に、量も送り込むのなら、何も失うものはない。
ANDREA SCHIANCHI
(Gazzetta dello Sport 08/12/02 第6面)
確かに失点シーンは得点者とディフェンダーが一対一の場面ばかりで、もちろんそれを阻止できれば「モールトベリッシモー!」で、いわばFWが個人の突破でゴールを上げたのと同様のDFにおける個人の手柄なんだけど、一対一で負ければたちまち相手ゴールにつながる最後の砦。
今シーズンのDF陣はネスタが抜け、FWで言うなら一人で決められるエースともいうべき全幅の信頼をおけるメンバー&コンディションでない以上、そんな風に完璧に崩されて一対一になる前に、ミランマニア(笑)のミヤウッチーさんが必ず解説で言う『ミランの良い時はプレスが効いていて、複数で挟みに行くディフェンスができている』組織的プレイが、安定した勝利をし続けるのに必要だなと思いました。
ネスタが4人いれば守備は彼らにお任せすればいいだろうけどw、ネスタが復帰する後半からだって彼一人で全部をカバーするのは無理。守備の醍醐味であるイタリアンな組織ってやつを見せて欲しいですよ。
反対に、対戦相手の守備はミラン攻撃陣をほとんど一対一に持ち込ませてくれない。この攻撃面での打開にも、インテル戦みたいにチーム全体の攻守両面の運動量が上がれば良いってことなんだろうけど、ああ、精神的にも肉体的にもアダルトなミランである限り、今後も続く問題ですよねえw
な〜んか記事の最後のあたりはGazzetta記者というより、ミランファンとしての発言というか、自分を元気づけてるようだw…けど、同感であります。そうだー!カンピオンートはまだまだだー!(少々カラ元気)
ではCorriere dello Sportでは、このところのミランをどう見ているかというと…
ガットゥーゾなしだと、ミランじゃない
真の替えのきかない選手は彼:彼がピッチにいない時、3つの敗北ミラノ発 10年前、ジョヴァンニ・トラパットーニはヴィットリオ・チェッキ・ゴーリに電話をし、こう話した:「親愛なる会長、もし私にガットゥーゾを買ってくれたら、あなたのフィオレンティーナにスクデットをもたらす事を保証しますよ」。フィオレンティーナは順位トップだった。しかし特に中盤が手詰まりな組織であった。そして、スコットランドから帰って来たガットゥーゾはサレルニタータの若きレギュラーとなりつつあった。トラップは常に彼自身やベッペ・フリーノを思い出させる選手を好む。ガットゥーゾはサレルノに残り、フィオレンティーナはスクデットを逃した。たとえ緊密ではないにしても、この二つの事柄は少なからず関係しているだろう。それから数年後のある日、カルロ・アンチェロッティは彼の理想のフォーメ−ションを構築し始めるにあたり、どの選手を押すかと聞かれ、それに答えた:インザーギ? カカ? ピルロ? セードルフ? シェフチェンコ? 「いいや、ガットゥーゾだ」。
バランス このため今シーズン、ジェンナーロ・ガットゥーゾ、略してリーノ、あだ名はリンギオなる彼が不在の3試合に、ミランが3敗しているのは驚きではない。堅い頭とゴツイかかとを持つこのカラブリア人は自分の限界を認識し、あまり遊んだプレイをしない第一人者だ。「ピッチのピルロを見ると、俺はどうやってプレイすりゃいいんだ?って自問しちまうぜ」。これは彼の言葉だ。しかしこれには真実の一部分しか含まれない。ガットゥーゾには(たとえ今シーズン、ピルロのポジションでプレイして、良かったとしても)ピルロのクオリティは持っていない。しかし彼にはチームにバランスを与えるという重要な特徴がある。アンチェロッティが言っているように、試合を支配し、勝つことへ向かわせるこれが、今のミランには欠けている。ガットゥーゾは制御できない状況を統率する選手だ。戦いに火をつける一方で、同時にそれを燃料にして闘争心を失わない。総括すると:ピッチではむちゃくちゃをやる。しかし一方で方向を見失うことは決してない。彼は決してポジション外にいることはなく、試合の外にいることはなく、役に立たない選手であることは決してないだろう。
アシスト (一ヶ月以内にはなる)31才でミランでの400試合のステップを踏み、ガットゥーゾはすばらしいシーズンを送っている。彼とロナウジーニョだけがカンピオナートとUEFAカップで、継続して震えるようなプレイを見せている。UEFAカップでリーノはゴールを決め(ヘーレンフェン戦)、2アシストを決めている。ひとつはオランダで、もうひとつはサン・シーロのブラガ戦でのロナウジーニョの傑作のために。すでにガットゥーゾはピルロのようだ:ある者にとっては、それは奇妙に思えるだろう。しかし今シーズン、彼はミランの中盤としてUEFAカップで2つ、カンピオナートで2つ、合わせて4アシストを決めている。パレルモ戦の痛手の後、今度のカターニア戦に彼をピッチに取り戻せる事は、アンチェロッティを元気づけるだろう。リーノ自身も言っているように、これはミランの問題でもある:ガットゥーゾは重要な選手だ。しかしもしロッソネリの敗北が彼の不在と結びついているなら、チームがバランスを失っている事を意味するからだ。去年の春に話し合いの席につき、ガットゥーゾがルカ・トーニのいるバイエルンへ行きたいと彼に話した時の記憶は、ガッリアーニにとって冷や汗の出るものだろう。ガッリアーニは断固としてそれを阻止した。彼はミランでキャリアを終えるだろうと語った。ミランにとって幸運なことに、それは確かなものになりつつある。
Alberto Polverosi
(Corrire dello Sport 08/12/02 第7面)
それぞれの試合は単純にガットゥーゾがいないためだけの敗北じゃなくて、もっと複雑な要因が重なってると思うけど、物事を単純化した方が読者に強くアピールする記事になるので、スポーツ紙のテクニックとしては仕方ないかなw でもとにかく!今季のリーノはピッチに絶対いて欲しい活躍ぶりなのは確か。これはうれしいです。フィオ時代のトラップのエピソードはなかなか興味深い。リーノがミランに来てくれる運命で良かった。
そして今シーズン、アンチェミランのベストコンビであるピルロ&ガットゥーゾが一緒に出たのがカンピオナートでは一度もないとも書いてありましたが…そうだったか…。これがミラン不調の原因のひとつだろうともCorrireは書いています。お互いがお互いの不足なところをカバーし合い、お互いの長所を発揮し合うこの名コンビがミラン再発進の鍵になることを祈っとるよ〜。
2紙の記事を読んだだけですが、やっぱりイタリアサッカーは守備ありき、バランスを大切にするんだなあ…って思いました。そしてミランには『質』はもうあるんだから、それにプラス『量』!そしてグループの力を発揮すること!それだー!…ってずーっと前から言ってる気がするけれどw ミランの不調の原因を論じたこの2つの記事、Gazzattaの見方の方が丁寧で、誰かひとりの手柄や、反対に誰かひとりの落ち度のせいにしてない。サッカーをそんな単純なスポーツにおとしめていない。やっぱり私はここの記事が一番好きだ。
先日、負け試合のポーツマス戦をようやく引き分けにした後、その感想を聞かれたベル様は「グランデ・ミラン? まあ、そうは言えないな。むしろグランデ・ロナウジーニョだろう」とローマの官邸で答えたとか。これ、獲得したのはピッチ外での収益目当てのトンデモメルカートだと批判されてたジーニョの、意外とも言うべきピッチ内での活躍で『我がミランの方針は間違っていなかったではないか、はっはっはー!』っていう自慢と、その一方で、ジーニョだけが素晴らしくても、それはベル様の理想とするグランデ・ミランの姿ではない…っていう不満もあるんじゃないかと勝手に思いましたよ。彼が大好きな『ピッチの支配者たるミラン』が見られないしね。実際にはベル様の言葉のニュアンスも真意もわかりませんが、少なくとも私は、個人のすばらしさだけで勝つミランじゃなくて、それにプラス、グループの力で勝つミランが見たいのよー。グランデ・誰々と共に、グランデ・ミランを。
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